(1)原料処理
①精米
原料の米は、精米して白米にします。
米には、主要成分のデンプンのほかに、玄米の表層部や胚芽にたんぱく質、脂肪、ミネラル、ビタミン等の栄養成分がたくさん含まれてぃます。
これらの栄養成分は麹菌や酵母の増殖にとつて大事な栄養ですが、多すぎると発酵が旺盛になりすぎ、発酵のバランスを崩すなど清酒の色や香り、味に良くありません。
そのため、原料の米は胚芽を取り除くことはもちろん、玄米の表層部を削り取り、たんぱく質、脂肪、 ミネラル、ビタミン等の成分を少なくしています。
これを「精米」といい、ご飯として食べる米に比べ、よりたくさん削り取ります。削り取る程度は、精米歩合として表しています。精米歩合は、精米した白米の元の玄米に対する重量比率です。
例えば、ご飯用の白米では、八分鳩きといつて、玄米の8%の重量分の胚芽と糠を取り除いた白米(精米歩合では92%と表します)ですが、清酒用の原料では玄米の外側30%を除き、精米歩合70%程度の白米を使用します。
また、胚芽や糠の値段は米に比べて安いため、精米歩合の数字が低いほど白米の原価は高くなりますが、香りが高く口当たりが柔らかい調和のとれた清酒ができるといわれています。
吟醸酒はこのような特徴を持つ清酒で、精米歩合が30%という大吟醸酒もあります。なお、清酒用の原料の精米には、飯米用とは異なる「竪型精米機」という特別な精米機が使用されます。
② 洗米・浸漬(しんせき)
精米した白米は、洗米と浸責をします。洗米は、白米に付着している糠を取り除くために行います。
白米に糠が付いていると、蒸した後で蒸米同士がくつついてしまいます。
蒸米はバラバラな方が良いのです。これを「さばけ」の良い蒸米といつています。
洗米後はきれいな水に浸けて、必要なだけの水を吸水させます。これを「浸漬」といいます。浸漬時の水の吸水量は、蒸し後の蒸米の性質に大きく影響し、麹造りや発酵経過、ひいてはできあがつた清酒の品質を左右するので、重要なポイントになります。
いつたん吸水した浸漬米中の水分は、取り除くのが困難ですから失敗は許されません。
浸漬の時間は、白米の品種、精米歩合、洗米前の自米水分含量等によって数分から10時間以上の違いがあります。浸漬時間が短い場合は、洗米を含めてストツプウオツチを使つて時間を決めるなど、手作業で行う場合が多い大変な作業です。
「限定吸水」とは吸水時間を制限する浸漬法のことをいいます。
浸漬後の白米は水切りし、水分が全体に均一になるようにして蒸しを待ちます:
③蒸し・放冷
続いて、吸水させた白米を蒸します。生の米のデンプンは、規則正しぃ構造をしており、人間は消化吸収できませんが、同様に麹菌の生育も困難です。
そこで吸水した白米を蒸してデンプンの構造をバラバラにほぐすのです。この状態を「α化デンプン」といいます。
こうすると麹菌が生育しやすくヽデンプンも酵素で分解されやすくなります。
清酒の場合は米粒のまま蒸し、ご飯のように炊いたりしません。大量の米を焦がさずに加熱するには、蒸すのがいちばん簡単で、後の操作の冷却で効率良く冷やすため、ほぐれやすい蒸米が便利だつたのかもしれません。
伝統的な蒸しの方法は、和釜と木製の甑(こしき)で行います。和釜に水を入れ、加熱して発生した蒸気を甑の中の米の層に通して蒸します。蒸しは、蒸気が通り全体がよく蒸せるように50分~1時間程度行います。
蒸し上がった米は、熱いうちに甑から掘り出して薄く広げ、外気に当てて冷却します。この冷却作業を「放冷」といいます。冷却温度は、その後の用途に応じて異なり、麹造り用では35~40℃で麹室ヘ運びます。
最近では、蒸しに用いる蒸気はボイラーで発生させたり、甑は金属製を用いたり、浸漬米をコンベア状の装置の上に乗せ連続的に蒸気で蒸す連続蒸米機を使用することなどが多くなっています。連続蒸米機は、蒸し時間が30分程度に短縮されるとともに、蒸米の掘出し作業も必要なくなり省力化できます。同様に、放冷の作業にコンベアを利
用する連続放冷機も普及しています。
(2)麹
麹菌が生産する各種の栄養成分と酵素のバランスが、醪(もろみ)の並行複発酵の進行を左右することから、製造する清酒の品質に応じた麹を造ることが大切です。
伝統的には酵素バランス等は知られていなかったために、できあがつた麹の見かけや味。香りで麹の品質を分類して「総破精」(麹菌が米粒の表面から内部までよく生えている)、「突破精」(麹菌が米粒の表面に部分的に生えそこから内部へ深く入り込んでいる)、「塗り破精」(麹菌が米粒の表面だけ生ぇている)、「バカ破精」(総破精が進みすぎて麹がつぶれやすくなった状態)等と称して麹の品質を区別します。
破精というのは、麹の米粒の中で麹菌が繁殖して透明感がなくなり、白っぼく見える部分のことをいいます。
このような麹の品質は、製麹管理によって形作られることから、伝統的な製麹工程では、夜間の操作も厭わずに丁寧な作業が行われます。
麹菌は36℃近辺でもっとも元気に活動し、45℃以上になると活動できません。また、麹菌は活動を始めるとかなりの勢いで発熱し、放置して45℃を超えて死滅することもあります。
そこで、麹造りは適温よりやや低い32℃付近から開始します。
「種麹」(玄米で麹菌を育てて乾燥させたもので、全体に麹菌の胞子がついていて黄緑色をしています。)と呼ばれる麹菌の胞子を蒸米にまんべんなく振りかけて、最初は温度が下がらないように保温します,その後1日ほど経って麹菌が増えてくると、発熱が盛んになり、温度が上がり始めます。
その後は40℃程度の温度を保つよう、熱を逃がす工夫をし、全部で約2日間かけて麹ができあがります。
熱を逃がすためには麹を小分けして容器に移し、場合によっては風を当てて冷却します。この時に使用する容器によって製麹方法を区別し、伝統的な「麹蓋」(蓋麹法)、やや大型にして底面に通気用の隙間を設けた「麹箱」(箱麹法)、底面を金網にした大型の「麹床」等があります。
麹床のように大型になると、通風設備を付けて自動的に温度管理をする機械製麹法もあります。
製麹は一部の機械製麹法を除いて「麹室Jと呼ばれる保温された室で行います。酒造の最盛期は厳寒期ですが、この時期にも麹室は20℃後半から40℃近くまでに設定した温度に保つ必要があります。
また、製麹では麹を徐々に乾燥させることが重要で、麹から蒸発した水分を麹室の外に逃がす換気も不可欠です。製麹中の麹の水分は麹の品質に大いに関係があります。このため、白米の浸漬から始まって製麹が終了するまで、米の水分量には細心の注意を払って管理されます。
次に、伝統的な蓋麹法を例にとって、製麹操作を説明します。
【蓋麹法による製麹操作】
①引き込み………放冷作業後の蒸米を麹室に入れます。これを「引き込み」といいます。この時の蒸米温度は、次の床もみ後の温度より高い35℃程度です。
② 床もみ………引き込んだ蒸米は、温度を均一にするためによく混ぜてから布を張った台(床)の上に薄く広げます。これに種麹の胞子をまきます。胞子が蒸米に均一に付くように、上下左右よく混ぜ合わせます。これを「床もみ」といい、終わった蒸米は1カ所にまとめて布や布団で包み、床の上に置いておきます。
③切返し……床もみ後、蒸米は徐々に硬くなり、互いにくっつき合って固まった状態になっていきます。肉眼では分かりませんが、麹菌の活動も始まり、床もみ後約10時間程度で、回まりの内側では温度が上がり始めます。そこで、固まりをほぐして混ぜ合わせて、温度ムラをなくすとともに酸素の供給も行います。この作業を「切返し」といいます=麹菌は呼吸をしているので、酸素が必要なのです。切返しの作業が終わったら、元のように蒸米を包んでおきます。
④ 盛り……床もみ後約22時間程度で、麹菌の生育が活発になり、麹菌が生えた部分が肉眼で白い斑点として見えるようになります。この白い斑点のことを「破精」といいます。
これ以降は麹菌の生育が旺盛になり発熱量が多くなるので、温度が上がりすぎないように、「盛り」の作業を行います。盛りは、これまでまとめてあった蒸米をできるだけバラバラになるようにほぐし、麹蓋と呼ばれる小さな容器に小分けする作業です。一つの麹蓋に約1.5kg(元の白米の重量換算で)程度です。また、盛りの日安は、破精でいうと1~2割見える状態です。この時に使用する麹蓋は、木製容器です。
盛り後は麹蓋を積み重ね、さらに保温と保湿を兼ねて周りを布で覆います。麹蓋は旧来の温度調節機能が充分でない麹室の中で、微妙な手加減をしながら麹の生育温度を制御するのに都合がよい容器です。
麹蓋での麹菌の育成は、 1枚の麹蓋に入れる麹の量、麹の入れ方(高く盛る、薄く広げる)、麹蓋の重ね方、布のかけ方等を調節して行います。
⑤ 仕事/積替え・……盛り後、麹の品温は少しずつ上がっていき、最終的に40℃前後で麹ができあがります。この間に、麹菌の生育状態に合わせて麹の手入れによる調節をします。この作業を「仕事」といぃ、7時間程度の間隔で「仲仕事」と「仕舞仕事」の2回行います。
また、その途中で温度調節のため麹蓋の重ね方等を調節する「積替え」とぃう作業も数回行います。
⑥ 出麹……蒸米に種麹をまいてから46時間程度で、麹菌が蒸米に充分に繁殖して麹ができあがります。できあがつたら麹を麹室から出すことから、麹造りの終わりを「出麹」といいます。出麹された麹は、乾燥させながら冷却して仕込みに備えます。
蒸米の表面に、破精が一面につき、真っ白で麹特有の芳香を発する麹を「総破精麹」といいます。また、麹は非常に栄養分に富み、湿った状態では雑菌が繁殖しやすくなり、場合によってはお酒の腐造の原因ともなります。
蓋麹法は、人手がかかる方法ですが、今でも吟醸酒などの製造には多く用いられています。
蓋麹法以外の製麹方法でも、引き込み・盛り・仕事という考え方は同じですが、容器を工夫したり機械化することで、より簡便に麹ができるようになっています。
※参考文献
【改定版】新・酒の商品知識
独立行政法人 酒類総合研究所
法令出版