洋平は多くを語らない。
ただただ先祖より受け継いだ酒造りの手法を守っている。
その過程で、何度も何度も味見をする。
「これが旭鳳の味だ」
そう自分に言い聞かせるように、一滴ずつ味を確認していた。
洋平が酒造りを「語らない」のは、決して「語れない」のではない。
この数年の酒造りで徹底的に洋平を打ち崩し続けたのは、酒つくりの「深さ」だ。
えたいを知らない暗闇の底をいつも覗いていた。
例えば、白米に水を浸みこませる浸漬(しんし)の過程はストップウォッチでその時間を計測している。
数秒の狂いが大きく酒の品質を決めてしまう。
それは将棋の手数と同じように、酒つくりの手数のたったひとつでしかない。
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しかし旭鳳の味が杜氏の手加減で決まってしまうという「深さ」を知ると同時に、さらなる「可能性」を発見するチャンスであることに洋平は気づいていた。
こんな時に、車で20分からくらいの北広島町に酒米として使用できる「あきさかり」の契約農家の向井さんとの出会いがあった。
「あきさかり」で酒を造りたい。
博多からUターンされた向井さんはエネルギッシュで「あきさかり」への情熱をヒシヒシと感じた。
酒造りの「深さ」のひとつに「麹」「酵母」という二つを利用した醗酵の過程があり、「あきさかり」と「もみじ酵母」の組み合わせは、洋平がそれで「旭鳳」を造りだすことができるかという、新たな挑戦となった。
米独特の味、優しい香り、濃厚な味はどれもが、杜氏と呼ばれるならそれは彼らの誇りである。
もちろん洋平の誇りは旭鳳なのだ。
この冬にこの二つの要素を含んだ酒を仕込んだ。
その味は現在は蔵に眠って熟成中だ。
近日中に洋平の新たな酒が発売される。